King's Gambit Wind Orchestra

進化と挑戦を続ける吹奏楽団

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アスファルト・カクテル / J.マッキー

      2018/05/03

文:伊藤 彰悟(当団クラリネット奏者)

私は国道171号線(通称イナイチ)沿いにて一人暮らしをしている。飲食店やスーパーなんかも立ち並び、生活する上でなかなか便利な場所なのだが、やはり最大の問題は「交通騒音」なのだ。といっても、通常の車の往来などを指すのではなく、時折出現する「爆音走行バイク軍団」である。他人の睡眠など意に介さず、マフラーから排気音を寝静まった街中に轟かす。そんな経験には、誰しも一度は出会ったことがあるのではないだろうか。その音を耳にするたび、私は彼らの行動が理解できなかったのだが、今回演奏する《アスファルト・カクテル》によって一つの回答に出会った気がしている。作曲者であるマッキーはこの曲のことをプログラムノートにて、このように表現している。

この曲は、最初の小節から「我々はここにいる。」と叫ぶ様な曲です

なんだそれはと気になってきたところで、曲の内容に触れるとしよう。この曲に、綺麗でうっとりするような歌のフレーズは期待できない。そこにあるのは暴力的な音圧と、まさしく音の洪水であるフレーズ、それのみが曲を支配している。マッキーはこの曲で扱うイメージについても述べている。

あなたが想像できる最も恐ろしいニューヨークのタクシーを思い描いてください。トラックが四方八方から迫って来て、タクシーが曲がり角をスリップしているような状況を。または石の上から滑り出していくような光景を…”

ニューヨークではないが、私は台湾のタクシーでこのような体験をしたことがある。私がまだ大学生で、友達4人と旅行に行ったときのことだ。不運にも未曾有の台風が直撃し、九份(台湾にある街)からホテルに帰る時にタクシーを利用した時である。ただでさえ大雨暴風吹き荒れる高速道路を、そのタクシーは130km/hでかっ飛ばすのだ。当然、追い抜きもバンバン行なっていく。追い越せない状況とあれば、ロービームとハイビームを交互に切り替えるようにして、前の車両を煽る。そうして、「ん?すごくスピードが落ちたな」とスピードメーターをみると110km/hだった時のことを今でも覚えている。当然車内の僕たちは阿鼻叫喚で、親に遺書を書くと言い出す者もいたほどだ…と、話は逸れたが、この曲にはそのくらいのスピード感と、スリルが詰まっている。

 

余談はさておき、曲についてもう少し詳しく紹介しておこう。

冒頭、トランペットの切り裂く様な16分音符の連打から、本曲は唐突に始まる(譜例1)。

譜例1

さあ、ここからいよいよ荒れ狂ったドライブの始まりだ。音楽にスピード違反による刑罰*1はない!この曲のスリル、緊張感、あるいはスピード感を表現するため、マッキーはいくつかの大きな特徴をもって作曲している。

1つ目は、めまぐるしく変わる拍子である(譜例2)。普段、我々がなじむ音楽というのは、基本的にはほとんど拍子が変わらない。JPOPの多くは4/4拍子だし(当然、例外も数え切れないほど多くある)、国歌である君が代も例に漏れず、曲の頭から終わりまで4/4拍子である。つまり、我々は拍子がほぼ変わらない音楽に馴染んで生活してきているので、これが「自然」に感じる。一方、本曲のような変拍子の曲は「異質」に感じるのだ。この違和感が、「緊張感」「不安感」として姿を見せるというわけだ。

譜例2

2つ目は、打楽器群の存在だ。スピード感と緊張感を切らさないため、常に細かい音符を刻むハイハット。カラオケでの盛り上げ役であったり、小学校の音楽会などで用いられるという、そんな僕らのイメージとはかけ離れた、暴れ狂うタンバリン。他にも「Trash Can」(一斗缶などに釘などの鉄くずを入れたもの)というものがffff(非常に非常に強く)の音量指定で、曲の終盤で登場したりする。どう考えてもタクシーはクラッシュしている。廃車確定。更には、曲の中盤では、クロスリズム(進行している拍子に対して、割り切れないリズムで演奏すること)によって曲の緊張感を表現している(譜例3)。

譜例3

3つめは、車の走行音を模した表現の数々である。皆さんはドップラー効果という物理現象を知っているだろうか。救急車が自分の前を通過していく時、サイレンの音程が下がって聞こえたり、あるいはF1カーのエンジン音が、ゥーーーーーン↓↓と音程が下がっていくように聞こえる、アレである。当然、本曲で爆走する車たちも例外ではないのだ。一つの例として、ホルンの譜例を挙げておく(譜例4)。作曲者からの指定として、”1/4音の中で、音程を上下に歪ませなさい(とてもゆっくり、音程の幅が広いビブラートのように。)”とある。これが会場ではどのように聞こえるだろうか。そして、他の楽器にも割り振られた「車」をあなた方はどこまで見つけることができるだろうか。

譜例4

そして、マッキー氏は、中間部にあるクラリネットのソロへの指示として、このように楽譜に記載している。

Brash & Arrogant(向こう見ずに、そして傲慢で、思い上がるように)

私には、この指示がソロのみならず、この曲全体の本質を言い表しているように思えてならない。本文の初めに書かせていただいた作曲者の言葉。この曲の根幹にあるものは、その「我々はここにいる」というアピール、つまり人間のもつ承認欲求ではないだろうか。人は誰しもが、———たとえそれがどんな事柄であったとしても———自分を認めて欲しいと思う傲慢さを持つ。だからこそ、超難曲で、大曲に挑戦する楽団が出てくるし、夜中の国道で爆音を出す人々がいるし、運転技術を見せるために道路で法定速度を超える人々がいる。それは、賛否はどうあれ、人が人である以上、当然の欲求なのだ。そう考えてこの曲を聴くと、この曲がある意味で「人間味に溢れている」と感じられるのは私だけだろうか。

最後に、タイトルである《アスファルト・カクテル》だが、「ジョナサン・ニューマンに捧ぐ」と作曲者は述べている。ニューマンは、マッキーの友人であり、「アスファルト・カクテル」という言葉の生みの親である。マッキーは、この言葉を非常に気に入り、ぜひその言葉をタイトルとして使わせてくれ!と懇願したが、ニューマンは「これは僕のものだ。」の一点張りで譲ってはくれなかったそうだ。しかし、数年にわたるマッキーのお願いに折れたニューマンは、ある条件のもと、曲の名前を譲渡することを決意した。その条件とは「君の一人目の子どもを僕にくれないか?」というものだった。信じがたい内容であったが、なんとマッキーは快く承諾したそうだ。なぜなら彼は子供が嫌いだから、と述べている。きっとみなさんも、こう感じたに違いない。

「ああ…なんて傲慢な!!」

 

*1:日本の道路交通法では、一般道で30km/h以上、高速道路で40km/h以上のスピード違反は、最大で10万円の罰金、及び6ヶ月の懲役となります。絶対にやめましょうね!!


ジョン・マッキー(John Machey)

1973年にアメリカのオハイオ州ニューフィラデルフィア生まれの作曲家である。音楽家の両親の間に生まれたマッキー氏であるが、息子に音楽教育をさせることはなく、その代わりにマッキー氏は祖父から楽譜の読み方やコンピューターによる楽譜作成を教わった。そのため、幼少期は音楽の正式な教育を受けておらず、「教育」よりも「楽しむこと」を体験した彼は、自分自身の音楽を描く様になったそうである。その後、クリーヴランド音楽大学に入学、1995年に学士号を取得後、ジュリアード音楽院で1997年に修士号を取得した。彼の代表作品としては、日本で初演が行われた《翡翠》、2005年度、2009年度にオストウォルド賞を受賞した《レッドライン・タンゴ》、《オーロラの目覚め》や、ここ1,2年前から日本の吹奏楽界隈で大流行している《交響曲「ワイン・ダーク・シー」》などが挙げられ、新進気鋭の作曲家として吹奏楽ファンとしては見逃せない作曲家の一人である。

 

 

 - 6th定期演奏会, Program