King's Gambit Wind Orchestra

進化と挑戦を続ける吹奏楽団

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第Ⅲ部~D.マスランカに~

   

2017年8月7日に逝去されましたデイヴィッド・マスランカ氏と、彼を献身的に支え、同年7月に先立たれた妻アリソン氏のご冥福を心よりお祈りし、第Ⅲ部では二つの作品を献奏させていただきます。

Requiem / D.マスランカ

Requiem(鎮魂歌)とされた本作品について、マスランカ氏は「第2次大戦におけるホロコースト(ナチスによるユダヤ人大虐殺)とその犠牲者のためにこの曲を書いた」と述べている。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《月光》を連想させる、ピアノとマリンバが奏でる3連符の分散和音によって曲全体が支配されており、悲しみと深い哀悼のメロディによって静かに音楽が進められていく。管楽器に息を通すwind soundによって空虚な風が流れ、立ち止まった後、曲はもう一度進み始めるが、今度は次第に大きく強く、喪失感と心の痛みを訴えるように展開していく。悲痛な叫びに達した音の中にはマスランカ作品特有の荘厳かつ華麗な教会音楽を想起させる和声が聞こえてくるが、やがてその強奏も寂しさとともに収束していき、再び最初の主題へと帰る。木管楽器によって丁寧に、何度も通った道をなぞるように繰り返されるメロディは、これから先も止むことのない死者への祈りのようである。

交響曲第7番 / D.マスランカ

全4楽章からなる本作品は「懐かしさ」というテーマをもって作曲された。郷愁を誘う各楽章の主題について、マスランカ氏は「各主題は明るい面、暗い面どちらも持ち合わせており、夢の世界へと誘う」と述べている。曲全体を通してピアノが大きくフィーチャーされており、技巧的な難しさもさることながら、要所でバンドを引っ張り、この作品の感情的な一面を左右する重要な役目を担っている。マスランカ作品の心に訴えかけてくる音楽を筆舌することはたやすくないが、本作品には我々が愛するマスランカの魅力が詰まっている。

Ⅰ. Moderate 

作曲者の幼少の頃の思い出を基にしており、日曜日の夜の教会での夕拝で、修道女によってピアノが弾かれる光景を想起して作曲された。ピアノのソロから始まり、追いかけてくる管楽器のコラールは教会的な響きと単純な響きを併せ持っており、少年時代の爽やかな思い出を感じさせる。途中、いきなり力強い音楽へと変化するが、これは子供の空想のような夢想の彼方への旅立ちをイメージしたものとのこと。その後、冒頭の主題へと引き戻され、フルートと鍵盤楽器によって断片的なメロディが奏でられ、思い出に幕を引く。

Ⅱ. Slow 

アメリカのフォークソングのような曲、という設定で作曲されている。ミュートトランペットのソロから始まり、フルートのソロに引き継ぎ、木管を主体として落ち着いた空気で一度終止する。その後、重い足取りで行進して行くような音楽の展開を挟み、再び穏やかなフルートとピアノのデュオで楽章を締めくくる。この楽章は、遠い情景に想い馳せたときの寂しさを感じさせるが、同時に温もりも思い出させてくれる。

Ⅲ. Very fast 

第3楽章は一転して、速いテンポ、変拍子の多用、力強い音楽が競い合うように展開していく。この強烈な音楽は、木管群の技巧的なパッセージ、低音楽器群のリズミックな動き、J.S.バッハのコラール作品からの引用、金管群の独特の和声など、これぞマスランカの作品と言える数々の要素によって形作られている。息をつくこともできないほどの音楽の波に「懐かしさとは?」と疑問をもたれることもあるかと思うが、彼が培ってきた音楽の醍醐味を一度に味わうことができるという意味での懐かしさということにしておこう。

Ⅳ. Moderately slow 

冒頭、三度鳴らされる仏具のお鈴(りん)を始め、ミュートされた金管楽器などによってオリエンタルな響きがつくられる。やがて主題が奏でられるが、ソロをとるユーフォニアムの深い音色や、他の管楽器の静かな響きから、この最終楽章が穏やかな平和を願うものであることがわかる。音楽は一度、緊張感のある強奏へと導かれるが、大きく花開くような響きへと達した後、再び主題へと戻っていき、エンドロールのようにピアノのソロで落ち着いた雰囲気の中、最後に心休まるところへとたどり着く。


デイヴィッド・マスランカ(David Maslanka)

1943年、アメリカのマサチューセッツ州ニューベッドフォード生まれ。オべリン音楽院、モーツァルテウム音楽院で作曲を学び、ミシガン州立大学で作曲の博士号を取得。室内楽、管弦楽、合唱など幅広い分野で150を超える作品を残したが、とりわけ吹奏楽においては、7つの交響曲、協奏曲、独唱と合唱を伴うミサ曲、5つのサクソフォン四重奏曲など50作以上を作曲し、現代吹奏楽のレパートリーの発展において重要な役割を果たした。2017年8月、惜しまれながらこの世を去った。10番目、吹奏楽としては8作目の交響曲の執筆中であった。当団では過去に《交響曲第5番》、《リベレーション 我を解き放ち給え》を演奏。その大規模な編成などから日本での演奏機会は決して多いとは言えないが、唯一無二の音楽性で、いずれの作品も高い評価を得ている。

 - 7th定期演奏会, Program, 未分類