特別演奏会曲紹介
2024/10/03
第一部: King’s Gambit Wind Orchestra単独ステージ
エクウス / E.ウィテカー
Equus(エクウス)とは、馬(ウマ目)の学名である。Equusというタイトルは作曲者ウィテカーが『moto perpetuo(常動曲・無窮動:常に一定した音符の流れを特徴とする楽曲)』というスタイルを自分なりに解釈し『走り始めて止まらない』ことを表している。常動曲の音楽自体は19世紀から存在し、ピアノ、バイオリン、管楽器、合唱などの様々な作品が存在するが、この曲は、大編成の吹奏楽でミニマルミュージック(短い旋律を繰り返し、そのタイミングをずらしていく手法)の形を重ねて構成されており、様々なタイミングで、様々な場所から旋律が聞こえてくることが特徴的である。パート分割が非常に細かく拍子感、調性感をはっきりと感じさせない進行ながらも、すっきりと突き抜けるハーモニーが聞こえるなど、ウィテカーらしい一曲と言える。本演奏会の一曲目として、様々な背景の奏者が集まりながらも止まらずに走り続けてきた当団らしさをこの曲に込めてお届けする。
(文責:向井友亮)
指輪物語(2023年改訂版)/ J.デ・メイ
指輪物語とは
日本人には映画『ロード・オブ・ザ・リング』でお馴染み、J.R.Rトールキンによる長編ファンタジー小説である。舞台は架空の国“中つ国”。世界征服を企む冥王サウロンは、自らの魔力を込めて強大な力を持つ指輪を作った。指輪は、様々な争いの中でその持ち主を次々と替えていくこととなるが、やがて平和を愛する種族ホビットのフロドに渡り、世界は平穏を取り戻したかに思えた。しかし、サウロンは指輪を取り戻すため、悪の大軍を率いて新たな指輪戦争を仕掛けた。フロドはすべての元凶である指輪を葬るため、魔法使いガンダルフら旅の仲間とともにサウロンの本拠地“滅びの山”へ旅に出かけるのであった。
曲の紹介
1988年に作曲された全5楽章からなる交響曲であり、楽章ごとに登場人物や旅の情景が描写されている。本日は2023年に35周年を記念して作曲者自ら改訂した新版をお送りする。旧版との違いとして、アーティキュレーション、ダイナミクスの大幅な変更や、新たなパートとしてチェロ、ハープ、オーボエ2ndを追加したことなどがある。より音楽的に進化した指輪物語をご堪能いただきたい。
1. 魔法使い ガンダルフ
旅の仲間のリーダーであり、数千年生きる魔法使いである。曲は彼の威厳を示す力強いファンファーレで始まり、高貴な人柄を表す荘厳なテーマが奏でられる。やがて、愛馬シャドウファックスに乗って颯爽と駆ける様子が描かれ、冒頭よりさらに力強いファンファーレで幕を閉じる。
2. エルフの森 ロスローリエン
フロドら旅の仲間が旅の途中で訪れるエルフの住処。黄金色の大木が立ち並ぶ美しい土地である。曲中では、ガラドリエルというエルフの女王がもつ不思議な鏡による幻覚、森の中の小鳥のさえずり、木々の葉音等が、美しく、時に激しく奏でられる。
3. ゴラム(スメアゴル)
スメアゴルは指輪のかつての持ち主であり、指輪の魔力に取り憑かれ、卑しく惨めな姿となった悲しき生き物、またの名をゴラムという。曲中では、フロド達に付きまとって指輪を奪おうとする狡猾な人格と、指輪に焦がれて弱々しくうなだれる二重人格が巧みに表現されている。
4. 暗闇の旅
Ⅰ. モリアの坑道
Ⅱ. カザド・ドゥムの橋
フロドらは旅の途中に、かつての鉱山都市モリアを通るがそこはすでに荒廃していた。用心しながら坑道を進む中、突如悪の手先オークや怪物バルログに襲われる。やがて、ガンダルフがカザド・ドゥムの橋で怪物と対決するが、道連れとなり谷の底に落ちてしまう。曲は悲しみを背負った葬送行進曲で重く締められる。
5. ホビット
様々な困難を乗り越え、指輪を葬る長旅も無事終わり、世界は平和になった。曲は、復活したガンダルフのテーマで輝かしく始まり、英雄フロドたちホビット族が楽しく踊る様子が表現されている。やがて、全てを包み込むようなホビット讃歌が流れ、フロドがガンダルフやエルフとともに新たな旅に出る様子が描かれながら穏やかに終わる。
(文責:中西弘樹)
第二部: ライエン×ギャンビット共演ステージ
シラキュース・ブルース / ヤコブTV
ヤコブTVはオランダ出身の作曲家で、作品の題材に社会的な問題を取り入れて作曲することを好む。本作品、シラキュース・ブルースは環境問題を掲げた作品で、シラクサというイタリアのシチリア島にある漁村が舞台である。紀元前8世紀にギリシャの植民地として建設され、ローマ帝国、ビザンツ帝国、イスラム勢力など、シラクサの支配は移り変わってきた。そんな町で変わらなかったものが『漁師と歌』であった。そこでは数千年もの間、漁師たちが『魚を買ってくれ』とシチリア方言、ギリシャ語、アラビア語を交えた歌で叫ぶように美しく歌い続けていて、人々の生活と密接して生まれた文化の力強さを感じさせる。しかし、本作品はシラキュース『ブルース』である。ブルースというと少し悲しくノスタルジックを連想させるが、ここにヤコブTVが憂いた社会的な問題がある。近年、環境汚染や乱獲による魚の減少、世界の漁師の厳しい労働環境といった現状を前に、歌い継がれてきた伝統も失われつつある。こうした背景に対して、ヤコブTVは実際に録音した漁師たちの歌声とともに、ヨルゲン・ファン・ライエンのトロンボーンが担う叙情的な表現をミックスして、長年継承してきた美しい伝統への賛美を共存させた。もともとは弦楽四重奏とトロンボーンのために書かれた本作品をヤコブTV監修・了徳寺佳祐編曲の吹奏楽版世界初演でお届けする。
(文責:向井友亮)
Slipstream / F.M.マイヤー
本作品はマイヤーが、ヨルゲン・ファン・ライエンのために作曲した、1本のトロンボーンとループステーションのみを使用する楽曲である。近年ループステーションを用いたリアルタイムの多重録音のパフォーマンスというのも珍しくなくなってきたが、本作品ではトロンボーン一本にこんなにも可能性が秘められていたのかと驚くこと間違いないだろう。ループ演奏はリズムとベースを形作ることから始まるが、最初から吹くことはしない。マウスピースを付けないブレスタンギング、マウスピースへのストンプ、ミュートスライドなど様々な技法によって形作られる音楽からは、トロンボーンの新たなレパートリーの開拓者としてのヨルゲン・ファン・ライエンの姿を存分に堪能できるだろう。
Slipstreamとは速く進む物体の後ろに押しのけられた空気が作るらせん状の空気の流れのこと。自分自身の演奏パートが次々に後ろに回り、大きな流れを作る様子を表した本作品はヨルゲン・ファン・ライエンのソロでお届けする。
(文責:向井友亮)
アラーム / ヤコブTV
本作品もヤコブTVがヨルゲン・ファン・ライエンと弦楽四重奏のために作曲した楽曲である。タイトルが意味するのは、決して『無意識にアラームを消して、寝坊だ…私はなんて愚かなんだ…』という話ではない。アラームとは『警報・警鐘』という意味で用いられていて、現代の愚か者とは『何もわからずに未来を壊している人類』を指している。 ヤコブTVは本作品について以下のように語った。
2024年5月、Guardian紙に載った『400人の科学者に尋ねた地球の未来について』という、Guardian紙のダミアン・キャリントンが書いたこんな記事を読みました。
この曲はで表現したのは、トロンボーンと世界各地の警報サイレンとの対話であり、この特有の不協和音は、自由、民主主義、平和、ダミアンが述べた地球の未来など、多くのことが今まさに危機に瀕していることを象徴している。
曲中では、ヤコブが編集した効果音として警報のアップダウンが鳴り響き、もうすでに危機が迫っている様子を伝えている。また、曲中で何度も繰り返される『Do you know what it is!?(何が起きている!?)』、『I don’t know what is!(わからない!)』という応答は、手遅れになりつつある異変への愚か者たちの叫びである。また、曲の大半を構成するソロトロンボーン・伴奏のスタッカートが続くセクションは、ヤコブTV曰く、『スローなテンポを刻みながらの立ち止まるような表現は、行き止まりに向かう未来への不安、よくない報せのカウントダウンと言えるかもしれない。』とのこと。ソロトロンボーンには、焦りを伝えるタンギングや楽器特有のグリッサンドによる表現があり、曲の進行に合わせて次々とカオスが生まれるような構成になっている。
(文責:向井友亮)
Tボーン・コンチェルト / J.デ・メイ
本曲はトロンボーンとTボーンステーキをかけており、3つの楽章にはそれぞれ「レア」「ミディアム」「ウェルダン」というステーキの焼き方がタイトルとして付けられているが、これは単なる言葉遊びであり、曲自体はステーキとは関係はないと作曲者デ=メイは語っている。実は全曲の初演はコンセルトヘボウにて。当時はジャック・モーシェ独奏でオランダ王立海軍軍楽隊とともに演奏された。
レア(Rare)
室内楽によるバロック風の主題で始まり、コラール風の中間部を持つ三部形式。
ミディアム(Medium)
3/4拍子と6/8拍子の穏やかな旋律による三部形式。
ウェルダン(Well Done)
チェンバロも加わり、第1、第2楽章の主題を発展させたネオ・バロック様式で書かれ、圧倒的なヴィルトゥオーソでエンディングを迎える。
本曲の演奏にあたり、ヨハン・デ=メイからも応援のメッセージをいただいた。
「Tボーン·コンチェルト」でソリストを務めるヨルゲン·ファン·ライエンは私の良き友人です。彼以上にふさわしいソリストはいないでしょう。私と彼はこの作品を世界中で演奏してきました。来年、この作品は30周年を迎えます。もはやソロレバートリーの”クラシック”と言えるでしょう。ヨルゲン、指揮者、そしてすべての奏者にとって、この特別な演奏会が最高のものになりますように。 Musically yours,
ヨハン·デ·メイ
本演奏会の最後:メインディッシュとして、バロックの名手:クラシック奏者としてのヨルゲン・ファン・ライエンの圧倒的なサウンドを味わっていただきたい。
(文責:向井友亮)