King's Gambit Wind Orchestra

進化と挑戦を続ける吹奏楽団

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交響曲第8番「マヨルカ島の山々」 / D. ブージョア ③曲紹介Part2

      2018/05/04

文:向井友亮(当団マネージャー、テナーサックス奏者)

3回にわたって連載コラムをお送りする、第6回定期演奏会のメイン【交響曲第8番「マヨルカ島の山々」/D.ブージョア】。

3回目の本日は曲紹介Part2と題し、全六楽章のうち後半の三楽章について紹介する。ちなみに初回のコラムは演奏に寄せての意気込みを、前回は曲紹介Part1で前半三楽章についての解説を掲載している、3回合わせて本プログラムのことを知っていただければ幸いである。

 

さて、地中海に浮かぶヨーロッパ屈指の人気リゾート地、マヨルカ島(スペイン)。この島にそびえる多くの山をモチーフにD. ブージョアが作曲した交響曲第8番「マヨルカ島の山々」は、全六楽章構成、各楽章がそれぞれで演奏時間が10分以上の総演奏時間は80分を超える大曲である。演奏会当日には第3楽章と第4楽章の間に休憩が設けられるので、お越しの方はご安心ください。本日紹介する後半(下図オレンジ部分)はPart2: Serra de Artà(アルタ山脈)と名づけられ、島の東側に存在する山脈について描かれている。

合わせてそれぞれの簡単な位置についても紹介しておこう。

4) Morey モレイ

第4楽章の「モレイ」はアルタ山脈で一番高く(標高561m)、島の北東部アルクディア湾を望む切り立った山である。この曲は全楽章の中で唯一、単純な二拍子と四拍子だけで構成され、一歩一歩前へと進んでいく登山の様子が一貫して描かれている。しかし、その雰囲気は決して楽しいハイキングなどではない。険しい山道が続き、暗く悲しい雰囲気が立ち込めている。この楽章山が表しているのは、大切な両親との別れ、身も心も引き裂かれるような痛み、そしてそれから永遠にも思えるほど長く続く苦しみである。ある種の葬送行進曲のようなものと捉えていただいて問題ないだろう。足を止めてしまいたい気持ちとは裏腹に、無常にも歩みを刻み続けるベース音。切なさを思わせながら流れていく旋律は、溢れだす心の叫び。作曲者、ブージョア自身がこの山を登ったときに感じていたことをそのまま表したこの音楽は、だんだんと大きく激しい感情の激流となり、「早く解放してくれ」と言わんばかりの悲痛の叫びとともに、自らの運命へ絶望しながら終わりを迎える。おっと肝心なことを伝えそびれていた。彼は、モレイ登山中に足の爪を割ってしまっていたのだ。両親指の爪との別れ、略して、両親との別れである。まだマヨルカに行ったことのない私にも、この曲にだけは共感させてほしい。その痛み、めっちゃ分かる。

 

5) The Arta fugue アルタ・フーガ

第5楽章は「アルタ・フーガ」と名付けられ、唯一、山そのものではなく、山の中腹にある街「アルタ」のことを表しており、それゆえに冠詞 The がつけられ、楽曲形式である「フーガ」が添えられている。フーガとは、最初に提示された旋律(これを主唱と呼ぶ)を後につづく声部がときに調を変えながら追いかける(これを応唱と呼ぶ)形式であり、バッハによって体系化された。厳密には違うのだが「かえるの歌」のようなものと説明されることが多い。さて、そのフーガ。旋律が絶えず繰り返されながら長く続いていく、その表現にブージョアは何をこめたのだろう、紀元前から人が住んでいたとされるこのアルタの歴史だろうか。Part2: Serra de Artàで一貫して用いられるアルタ山脈の主題が、様々な楽器によって追い掛け回され、緻密なアンサンブルとなって織り込まれていく。この楽章で幾度となく変奏されながらもその旋律の力強さを失うことのない様子は、私たちの心に忘れることができない山の思い出を刻んでいく。山に囲まれた街が時間とともに変わっていき、人の営みも多くの時代をくぐりぬけてきたことを思い起こさせるけれど、きっといつの時代も変わらず、山と切り離すことのできない生活がそこにあったのだろう。

 

6) Mont Ferrutx モント・フェルーチ

第6楽章「モント・フェルーチ」は北東側が険しい断崖絶壁であるのに対し、南側はなだらかな斜面が頂上まで続き、その頂(標高532m)から西側を眺めれば、マヨルカ島を見渡すことができる位置にある。石灰質の岩肌が主なマヨルカ島の山々は一見してゴツゴツと厳しい顔をしているが、それぞれにその美しさも見せてくれた。この最終楽章も最後まで変わらずに、その圧倒的な存在感、山ここにあり。目まぐるしく変化する拍子によって表現される岩を駆ける印象。そして、息を呑むような雄大さを表したフレーズが告げるのは、楽しかったこの旅の終わり。マヨルカ島の最後まで登ろう。頂に向けてどんどん険しくなる山、荒くなる呼吸、そうして登りきった先、フェルーチの登山はそこで終わる。下山道はない。かの山の稜線はそれこそがアルタ山脈の終わりを示す断崖絶壁。突然の終わりに驚かれるかもしれないが、私たちとの80分を最後まで楽しんでほしい。

 

 

3回にわたった連載もこれでおしまい。なにせ演奏記録が少なく、コラム執筆にあたっての情報を探せども、この曲のことを正確に表して伝えきることができたとは言えない。お客様におかれては、ぜひともご自身の耳と肌と心という「足」で、私たちと一緒に山へと踏み出していただきたいものだ。どうだろう、少しでもこの曲が、当団の挑戦が気になってしまったならば、どうぞ5月6日は会場へ。80分、長く感じるかもしれないが、ブージョアの書く心地よい旋律が頬をなでていくそれは、きっと本物の山登りと同じくらい達成感を与えてくれる体験かもしれない。それでは、マヨルカで会いましょう。

 


デリク・ブージョア(Derek Bourgeois)

1941年イギリスに生まれる。オーケストラ作品のための交響曲を自身の手によって吹奏楽編成へとアレンジするケースが多く、交響曲第4番「ワイン・シンフォニー」(2013年当団演奏)など、管弦楽からのサウンドを生かした曲想で調性感がはっきりとした情緒的な旋律が印象的である。木管、金管、打楽器を問わず挑戦的なパッセージが多く、長大な曲であることもあって、国内での演奏機会に出会うことはなかなかないが、いずれも高い評価を受ける作品ばかりである。2002年スペイン・マヨルカ島に移住し、交響曲第8番「マヨルカ島の山々」を書き上げた。2017年9月、惜しまれながらこの世を去った。

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